読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ファニーゲーム(1997)

ちょっと間隔が空いてしまったのですけれど、久しぶりに映画の感想をば。

 

ミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』!

f:id:NeMobilis:20160823233558j:plain

穏やかな夏の午後。バカンスのため湖のほとりの別荘へと向かうショーバー一家。車に乗っているのはゲオルグと妻アナ、息子のショルシ、それに愛犬のロルフィー。別荘に着いた一家は明日のボート・セーリングの準備を始める。そこへペーターと名乗る見知らぬ若者がやって来る。はじめ礼儀正しい態度を見せていたペーターだったが、もう一人パウルが姿を現す頃にはその態度は豹変し横柄で不愉快なものとなっていた。やがて、2人はゲオルグの膝をゴルフクラブで打ち砕くと、突然一家の皆殺しを宣言、一家はパウルとペーターによる“ファニーゲーム”の参加者にされてしまう。*1

 

いわゆる「胸クソ映画」で最も有名な作品でしょう。延々と続く理不尽な暴力。何も報われない。ほんとーに報われない。しかもそれを直接的に描かない。そこがまたしんどい。どうせなら見せてくれよお。想像で補完するのが一番きついんだって...

 

ただこの映画を後味が悪いだけの映画として終わらしてしまうのは、とてももったいない。この映画は一言で言ってしまうと、究極の「アンチ映画」です。

劇中で第四の壁は普通にぶち破ってきますし、メタ発言もあります。この時点で見てる側(もはや参加してる側というべきでしょうか)は戸惑います。ヌードが拝めるのか?と思いきや何も見えない。一番エグそうなシーンは決して直接見せない。ずーっとこちらの進んで欲しい方向に映画は進んでくれません。

そして何より「アンチ映画」を象徴するのが「巻き戻し」です。

映画の最も重要な原則は、文脈があることです。この「巻き戻し」は映画の因果律さえも無視してしまいます。

 

そうして映画という表現を否定してまでハネケが突きつけてくるメッセージとはなんなのでしょうか。ごめんなさい、僕にはよくわかりません。「お前らは映画を無為に消費していないか」「暴力を美化して捉えていないか」そういうことが言いたいのかもしれません。

全てはパウルとペーターのセリフに集約されているでしょう

虚構は現実なんだろ?

なんで?

虚構は今見ている映画

言えてる

虚構は同じくらい現実だ

 

 

 私はこの映画を見て、有事の際に悪党をぶちのめせるように筋トレを始めることを決意しました。この映画も筋力があれば解決できたでしょう(暴論)

*1:all cinemaより引用