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ヒッチコック『下宿人』(1926)

今日はMOVIX京都で行われているヒッチコックのサイレント作品デジタル修復版プレミア上映に行ってきたぞ! いちいちタイトルが長くて打つのが面倒だ。

今日のお昼過ぎから『下宿人』やってて、その後『ダウンヒル』を見た。

僕自身はヒッチコックの作品全然見てなくて、『めまい』と『サイコ』と『知りすぎていた男』しか見てない。

もしかしたら『知りすぎていた男』じゃなくて『間違えられた男』かもしれないけどよく覚えてねーぜ。

そんな奴がヒッチコック初期のサイレント見てどうすんねんって話だけど、結論から言うと、本当に面白かった。

 

とりあえず今日は『下宿人』について。体力がないので『ダウンヒル』はまた今度。こっちも非常に語りがいのある作品なんだけど、疲れたので......

 

1行あらすじ

ある下宿人が殺人鬼と間違われるんだけど、疑いが晴れて下宿の娘とくっつく。

 

もう少し詳しいあらすじ

舞台はロンドン。連続殺人が起こっていて、大変話題になっている。その連続殺人鬼はブロンドの女の子ばっかりを狙っているらしい。今作はとある一家にフォーカス。その一家は下宿をやってて、お父さんとお母さんと娘のデイジー(ジューン・トリップ)がいて、彼女は刑事のジョーと付き合っている。このデイジーが本当にヒッチコックが好きそうだなあって感じの金髪美女。

ここに、ある下宿人(アイヴァ・ノヴェロ)なんてかっこいい名前だがやってくる。最初は挙動不審で怪しいなあ〜って感じなんだけど、だんだんデイジーと仲良くなっていく。ただ、何番めかの連続殺人が行われた時と同じ時間に外出していて、お父さんお母さんは少し不審に思っている。

仲良くなった下宿人とデイジーが出かけていたところ、ジョーと鉢合わせし、もめた結果デイジーはジョーを見限って下宿人についていく。しかしジョーはこれまでの行動のなんやかんやから、下宿人が殺人鬼では? という結論に至る。

で、下宿に乗り込んだところこれまでの殺害現場の地図とか拳銃とかが出てきて、こいつ犯人やんけ! とその場で逮捕。恋人を取られた腹いせにジョーが公私混同したとしか思えない。見苦しいぞ、ジョー! 

下宿人は連行されそうになるんでけど、隙をついてデイジーと「あそこの街灯で落ち合おう」なんつって逃げる。ここでデイジーに真実を打ち明ける。実は最初に殺された被害者が下宿人の妹で、彼は独力で犯人を追っていたのだ!(知ってた)でも、結局居場所がバレて、今度は苛立ってる大量の群衆に追われる。危うく殺されそうになるけど、真犯人がちょうど捕まり(タイミング良すぎ)、危うく難を逃れる。

最終的に下宿人とデイジーがくっついてよかったよかった。で終わり。

 

これは上映後の解説で主催の大野裕之氏がおっしゃってたことなんだけど、サイレント映画っていうのは決して無音の映画ではなくて(もちろんセリフはないんだけど)、上映時には劇場でピアノの生演奏がついて、音があった。撮影中もどうせ客には聞こえんからってことでかなりワイワイしていたらしい。で、それを意識して今作にも劇伴がついていて、これがすごくっかっこいい。アシッド・ジャズ系のニティン・ソーニーが担当していて、歌詞のついた曲まである。この歌詞は若干ストレートすぎるというか、陳腐な感じがしないでもないけど、それもまた味があってとても面白い。

 

とにかくヒッチコックの実験精神はすげえ。

2階の床を透明にして、人の動きを下から見るショットとか絶対真似したくなるし、1つの建物の中での人の動きを利用してストーリーを構築していくのもとても引き込まれる。

 

それと、時折デイジーがモデルをやってる? 所のTO NIGHT GOLDEN CURLSってネオンが映るんだけど、最後それをバックにして映るキスシーン、画的に完成されすぎていて、思わず声が出そうになっちゃった。サイコーだ。

 

91年前の映画とか本当にウッソだろ

頑張ろう現代人

劇場版『虐殺器官』

オタクというのは、なんというか本当に、悪い生き物である。

いきなり主語が大きくて申し訳ないが、これに関しては概ね同意してもらえると思う。特にSFというジャンルに群がるオタクのタチの悪さは、見聞きしたことのある人が多いだろう。

そして最大に”悪い”のが、インターネットやSNSを活用して群れていき、作品を真っ当に見つめることを放棄し、独自の気持ち悪い文脈で消費しようとする、若いオタクたちである。

つまりは、ぼくたちである。

だから、まだ公開初日の内に、変な消費のされ方をされてしまう前に、正面から向き合った評価を与えておきたい。もちろんこれは総意ではなく、私個人としての評価である。

 

もう押しつぶされてしまいそうなのだ。

 

「地獄はここにあるんですから」を笑いのタネにしてしまいたい。

「いつかチェコ語で、カフカを読めるようになりたいな」ってけらけら笑いながら友達と喋りたい。

一人称を”ぼく”にして語り始めたい。

 

だから、自分のためにちゃんと書いておきたい。

劇場版『虐殺器官』は面白くなかった、と。

もしかしたら私はもう押しつぶされているのかもしれないけれど。

もしかしたらこんな試みは、もうとっくに遅すぎたものになっているのかもしれないけれど。

 

 

劇場版『虐殺器官』感想

はい、ということで『虐殺器官』を観てきました。

始めにお断りしておきますが、このブログ記事は伊藤計劃の原作及び本劇場版のネタバレを含みまくります。気持ち悪い前書きを超えてここまで読んでいらっしゃる方であれば問題はないかもしれませんが、一応注意はしておきます。

また、私は『屍者の帝国』及び『ハーモニー』の映画化作品を観ていないので、それらと比較することはできません。予告の段階でダメな香りがして、観に行けませんでした。

 

さて、『虐殺器官』です。

私は原作は何度か読んでいますが、最後に読んだのは多分3年くらい前です。だから、細かいディティールは結構忘れています。その上での感想ですが、一言で言うとこの映画は、とにかく、空虚です。

 

本作の難点

原作の『虐殺器官』は「語り」が大きな特徴になっています。一人称で進む物語、モノローグ、それゆえに発現する”信頼できない語り手”の構造etc...... その辺りは詳しいお兄さんがいくらでも詳しい解説をしてくれると思います。

私が特に違和感を覚えたのは台詞。中2の頃の私を揺さぶった魅力的なセリフの数々が、どうしてここまで上っ面を撫でるだけの音の集まりになってしまったのか。

冒頭、何の積み上げもなく『地獄はここにあるんですから』と言うセリフが発せられた時、私は心底寒気がしました。これはキッツイな……と思わず口走りそうに。 

ルツィアとの会話に至った時は、笑いをこらえるのに必死。この時点で私はこの作品とまっすぐ向き合うことをやめてしまっていましたし、如何にして斜に構えた感想のツイートを投下しようか、そんな馬鹿らしい考えが頭の中でぐるぐる回っていました。

「音楽は脳をレイプする(ごめんなさい、これはちょっと言い方を間違えてるかも)」とか確かに印象的な言葉だけどさ、それ今回のストーリーで言う必要あった?

個人的には、やたらと響きのいい数々のセリフやモノローグは封印して、普通の喋りにした方が良かったと思います。

エンタメに振り切ることはできない。原作に忠実であれ。確かにその姿勢は多くの媚びた作品とは一線を画すのかもしれません。が、それは別の文脈で”媚び”てるのではないですか? しかも私たちのような層に媚びようとしたのではないですか?

これはよくわからないのではっきりとは書けないですが、声優目当ての人は得したのかな

あの語りが成立したのは、テキストだから、そんな気がしてなりません。普段の話し言葉と映画やアニメ中での話し言葉は異なるし、文章中の言葉となれば、その差異はさらに拡大するのは当たり前の話で。

”リアル”の線引きをどこに引くか。

 

ストーリーもちょっとわかりにくい。特に序盤。もし自分が原作読んでなかったら、多分何が起きてるのかすらよくわからなくて、寝ちゃってただろうな。

そしてストーリーで最大に無理があると感じたのが、クラヴィスとルツィアの関係性です。これは多くの人が疑問符を浮かべたのではと思います。母の要素を取り除くと、ルツィアを亡くして呆然としてるクラヴィスの気持ちが全くわからない。

「ルツィアはどこだ」えっ、いつの間にそっちが目当てになってるの。

「大切な人の死体は物に見えないなんて」いやいやいや……

 

「好きな作家の話で盛り上がれる相手となっちゃ文学青年なんてイチコロよ」的な感想も見ましたが幾ら何でも暴論が過ぎる。

 

じゃあ、映像面は? これも色々と苦労や工夫は見えるんですが、正直お金かけたんだかかけてないんだかよくわからないな、というのが正直な感想です。アニメーションは本当に詳しくないので印象にすぎないですが、そういう風に見えてしまいました。

 

エンドロールのEGOISTは知らん。

 

終わりに

この作品が好きか、嫌いか。この感情は間違いなく自分の感情だろうか。

映画を思い出して、Twitterでの友人の反応を見て、感想を書こうとすればするほど、わからなくなってくる。

 

もし、思弁的な要素も痛みもないただスタイリッシュなだけの戦闘、爆音で流れるブードゥー・チャイル、そして画面いっぱいに『虐殺器官』というタイトルが爆裂する。そんなバカ丸出しの映画だったら「うぇーい、300億点!」とか言いながら嬉々としてネタにしていたかもしれない。

それができない。作り手は頑張ったんだろうな、と思ってしまう。

だからこそ、悲しいし、虚しい。

マーベルオタクではない一般人の『ドクター・ストレンジ』感想及び全ストーリーネタバレ

超久しぶりのブログ更新です。これからはちゃんと書いて行きます(n回目)。

 

 

本日の映画は

『ドクター・ストレンジ』

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言わずと知れたマーベルシネマティックユニバースの最新作(2017年1月現在)。IMAX3Dでの鑑賞。公開初日でしたがお客さんの入りはそこそこ。平日なので致し方ないか。今週末はかなり入るんじゃないかな。未だに興収上位に居座る『君の名は。』を食えるのはこの映画しかないでしょ。

 

まず最初にですが、この映画、絶対に3Dで観るべきです。予告でも既にいくつかのバトル描写がありますが、街がメリメリめくれたり内から湧き出したりして来るビジュアルは、完全に3Dで楽しむためのものだと言って差し支えない。

IMAXで観るべきかどうかは微妙なところ。どちらでもいいと思うけど、IMAXで観て損はないはず。ノーランの『インセプション』みたいな感じかな、と思う人も多いだろうけど、映像のインパクトはこちらの方が上な気がします。

 

 

さて、肝心の内容ですが、これが非常に良かった。いくつか不満な点もありますが、映画の時系列に沿って感想を書いていきたいと思います。

 

恒例のマーベルのロゴが映るところから映画が始まります(なんかバージョンが新しくなった?)。マッツ・ミケルセン演じるカエシリウスが魔導書庫(この言い方でいいのかな)の番人を首チョンパして、禁断の魔術書を手に入れる、と言うのが最初のシーン。

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余談ですが、僕本のページ破る奴許せないんですよね。自分の本であっても書き込みとかしたくないのに、他人の秘蔵コレクションを破っていくカエシリウスこの時点でド外道決定です。(なんでこの時本を丸ごと持って行かなかったんだろう。それに対する皮肉が映画終盤で言われるんですけど、実際なんで?)

そのカエシリウスをフードの魔術師が追う。ミラー次元(現実世界にそっくりだけど空間を自由に弄れて、かつ現実世界には影響を及ぼさない次元)にカエシリウスを閉じ込め、壁をメリメリめくりながら(これが言葉で表現できない。どうぞ観に行ってください)戦う。

この時点で、これだよ、こういうのが観たくてマーベル作品を見に来てんだよ!って叫びたくなった。圧倒的なCG力(と金銭)に物を言わして、映画でしか作れないビジュアルを生み出す。大正義マーベルって感じ。

結局カエシリウスは空間に穴を開けて逃げ出してしまいます。

 

一方場面変わって手術中らしい本作の主人公ドクター・スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)。どうやら楽な手術らしく、イントロクイズ的なサムシングをしている。Earth Wind & FIreのShining Starに合わせて体を揺らす外科医、人間としては最高だけど医師としてはお世話になりたくないなあ。

www.youtube.com

そんな時に急患が。その知らせを持ってやってくるのは本作のヒロイン、クリスティーン(レイチェル・マクアダムス)。僕の中ではレイチェル・マクアダムスといえば『アバウトタイム 〜愛おしい時間について〜』なんですが(いつ見ても本当にフザけた放題だな)彼女とかアン・ハサウェイみたいな口の大きいハリウッド女優、好きなんですよね。

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どうでもいいけど岡田斗司夫も同じように口の大きい海外女優好きらしくて、なんだかなあって感じ。

同僚の医者が脳死だって言ってるのを無視して見事に助けてしまうドクター・ストレンジ。彼は今日学会があるそうな。どうやら元カノらしいクリスティーンに一緒に行かない?なんて言うけど一蹴されてしまう。

超高級デザイナーズマンションに戻って出かける準備をするドクター。ピアノが置いてあったりして、指先が器用なんだろうな、とイメージさせます。

そして大量の時計コレクションの中からお気に入りのやつを選び出して、いざ研究発表会へ。この時計ってアイテムが全編を通して非常に重要になります。

車種はわからないけどすげえ高そうな車でぶっ飛ばすドクター。どうやら研究発表はアベンジャーズの本部であったっぽい。そして帰り道、ながら運転をしていたドクターは大事故を起こして病院に担ぎ込まれる。一命をとりとめたものの、手の神経が破壊され、一生元に戻らない体に。リハビリを続ける中、重度の障害から蘇った男の話を聞き会いにいくと、なんだかスピリチュアルな話をされて、カマー・タージに行けと助言を受ける。

そこでハイパーに偉大な魔術師、エンシェント・ワン(ティルダ・スウィントン)と出会う。彼女からドラッギーな体験を授けられ、弟子にしてくれと懇願するも路地に投げ出されてしまう。僕はこのLSD的な映像及びカンバーバッチのリアクションで、「あっ、コメデイなんだな」って思った。

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5時間ほど泣きついた結果、哀れに思ったマスター・モルド(キウェテル・イジュフォー)が中にいれてくれる。ファイトクラブのあいつは丸三日玄関前に立ち続けたのに、あんたは5時間でギブアップか、情けねえなあ。タイラー・ダーデンだったら絶対入れてくれないぞ。ここでモルドの渾身のギャグが炸裂するんですが、如何せん予告でそのギャグを見すぎてて笑うに笑えない。あれを予告に入れたのは失敗だったでしょ。

 

いよいよ修行するぞ、と意気込むも一向に魔術が使えないドクター。エンシェント・ワンにヒマラヤに放り出されてようやく、使えるようになる。火事場の馬鹿力でなんとかせえ、って教育法、ベタな話だけど嫌いじゃない。

それ以降はメキメキと実力を伸ばしていくドクター・ストレンジ。魔導書庫の番人ウォン(ベネディクト・ウォン)と楽しく掛け合いをしながら、知識を吸収していく。そして、エンシェント・ワンのコレクション(カエシリウスが1ページ盗んだやつ)に手をつけ、時間を操る魔術を体得する。ここでモルドに「新しい分岐を作るな。自然の摂理に逆らうな」とキツーくお灸を据えられる。

結局この”時間の扱い”が原因でドクターとモルドは袂を別つことに最後にはなるんですが、なんでそんなに怒ったのかイマイチわからなかったな。そこらへんは今後フォローが入るのかもしれない。

 

そんな中、ロンドンの支部を潰したカエシリウスが突如乗り込み、今度はNYの支部で戦いに。この戦いの中で彼専用のレリック(飛行マント)の力を借り、ドクター・ストレンジはなんとカエシリウスを捕縛することに成功。

ここでちょっと「カエシリウス弱くない?」って思ってしまった。マスターの称号を持つマッツ様相手に、ぽっと出のカンバーバッチが普通に戦えるのが意外だった。

「エンシェント・ワンは長寿のために暗黒次元の力を借りてる偽善者やで」とドクターに語りかけるカエシリウス。逡巡してるうちにドクターはカエシリウスの部下に刺されてしまう。なんとか逃げ出し、クリスティーンのいる病院へ瞬間移動。手術を受けながら、幽体離脱したドクターとカエシリウスの部下が戦う。ここら辺の描写は完全にコメディーだった。電気ショックで人命を助けて敵も倒すとは、なんとも一石二鳥。

回復したドクターは電波なコメントを残してクリスティーンの元を去る。再びカエシリウスとのバトルへ。今度はモルドも参戦。ミラー次元に閉じ込めて戦おうとするが、敵のパワーも増幅されちゃって苦戦を強いられる。

ここの映像が本当に素晴らしい。空間を直角に折り曲げたり自由に分離させてりする中での鬼ごっこ。

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エンシェント・ワンも乗り込んでくるが、返り討ちにあい、ミラー次元から放り出されて落下。病院に担ぎ込まれるも、「暗黒次元の力を借りたんはしゃーなしやってん。あんたも修行するんやで」との言葉を残してこの世を去る。

 

最終決戦は香港。ウォンが迎撃の準備を整えていたものの全く歯が立たず、ドクターたちが到着した頃にはすでに周囲は火の海&暗黒次元が出現。ドクターは時間を逆行させて街を修復させながら、カエシリウスと戦い始める。突如何やら思いついたらしく、一人で暗黒次元へ。悪の親玉っぽい人(名前忘れた)無限ループに閉じ込め、地球から手を引くように説得。

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結局カエシリウスは暗黒次元に連れて行かれ、街も修復されて一件落着。自然の摂理に反したことが気に入らないモルドだけが不満げにその場を去る。どんなものでも修復できる力を手に入れたドクターであったが、壊れた時計だけは修復せずに持ち続けるのだった。

 

恒例のエンドロール後のおまけは、マイティ・ソーが登場。もはやこの展開お約束と化してるけど、普通の映画だったらぶち壊しですよねー。MCUだから許されている。

結局闇落ちしちゃったモルドが今後の敵になりそうなことが示されて、映画は終了。

 

 

途中からめんどくさくなって中盤以降はすごい駆け足で振り返ってみましたが、大体のストーリーはこんな感じ。正直優れた脚本ではないと思います。映画的なテクニックを使いたいんだけどうまく使いきれない監督の姿とかが目に見えてくるようですし(時計とか円のモチーフとか)、終盤の展開とかは自分でまとめてても何書いてんのかよくわかんなかったし。でも、その大味なところが今まさに僕が求めていた映画だったんですよね。

キャプテン・アメリカ シビル・ウォー』というクソ真面目作品を作った後にこういう映画を作ることのできる、マーベルの懐の深さってやっぱりすげえな、と実感。そして何よりも恐ろしいのは「こういう映画を君たちは求めてるんでしょ?」と全て計算づくで作っているということ。ルッソ兄弟の作品群でアメコミ映画を観ない層を取り込み、それが受けたからといって『ドクター・ストレンジ』みたいな映画を作ることも忘れない。全てはマーベル、ひいてはディズニーの計算の上。

映画秘宝スクリプトドクターの三宅隆太さんが「『ズートピア』の脚本は計算されすぎていて逆に気持ち悪い(大意)』とおっしゃっていましたが、今のディズニーは製作過程とかも含めて全部そんな感じ。世界のエンタメを一手に掌握することさえできるんじゃないか、という恐ろしさがあります。

 

あとはいくつか不満点について。一番気になったのはマッツ・ミケルセンを生かしきれていないことですね。良くも悪くも癖のある俳優なので、うまく消化するのが難しいというのはわかるんですが、もう少し魅力あるキャラクターにすることはできたんじゃないかな。映像がすごすぎるだけに、相対的に体術の見栄えがないのも少しマイナス。速く動けばいいってわけじゃないんですけれども、人体の動きって緩慢だよな、と変に納得してしまうアクションが多かった。

そしてギャグをどう受け止めるかですね。これは転じて長所にもなっているので、あんまり一刀両断にもできないし、むしろ僕は好きなんですが、どうしても「センスがない」って気になる人はいると思います。僕はこういうレベルの低いアメリカンなギャグ(酷い言い方だな)は、そういうものだと割り切ってしまえば多幸感が得られるのですが、なかなか扱いが難しい。

 

とにかくこれはアメリカで公開された時点で散々言われたことですが、一作目のアイアンマンを見たときのワクワク感を再び与えてくれた映画だと思います。MCUという宇宙の中で夢のコラボが実現する中、それが足かせとなり、少し詰まってきた感じがあったのは事実です。シビル・ウォーなんかは完全に一見さんお断りでした。そこにきて、この『ドクター・ストレンジ』。単独の映画としても素晴らしく、こいつがアベンジャーズと共闘するのか、という楽しみもあります。

今年はスパイダーマンの新作やガーデイアンズ・オブ・ギャラクシーの続編のような、楽しい流れのMCU映画がいくつかあります。ウルヴァリンの新作は逆に強烈ハード路線となるようです。

 

まだまだ広がるMCU、キャラクターばかりを愛でる感じがしてこの界隈からは一定の距離を取ってきてたんですが、その気持ちが少し分かってしまいました。なんだか悔しいのですが、それだけ今のマーベルスタジオにはお金も実力もあるってことですね。今後も対策アクション映画の基準であり続けるんだろうな、と思います。素直に楽しみです。

不良老人による傑作『パルプ』

ボゲェ〜〜と暮らしていたら8月が過ぎ、9月が過ぎ、10月になっていました。いつの間にか空気も肌寒く、毛布をそろそろ引っ張りださなくてはいけないのかと思ったり

。初めて鍋をつつく日、それが冬の幕開けを告げる日になると思いますが、そう遠くはないんじゃないかな。

 

と前置きはここまでにして久々に更新。

本日は読書感想文、チャールズ・ブコウスキーの『パルプ』。

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訳はみんな大好き柴田元幸先生。最初は学研から出て、次はちくまから出て、長らく絶版だったのが今年の6月に復刊したそう。

 

まず表紙がいいですよね。床に転がる酒、酒、酒、そしてグレープフルーツ。このグレープフルーツのエピソードは一番好きかも。

 

僕はSF以外のアメリカ文学にはあんまり馴染みがなくて、ケルアックの『オン・ザ・ロード』読んだ時も「なーんにも起きねえな、なんだコレ。こいつら生き方適当すぎやろ」って思いながら読んでました。でもみんな絶賛するんだよな。確かピンチョンが凄いケルアック信奉してたような気がする。確かにいいとは思うけど、そこまで言うほどかあ?

 

で、『パルプ』なんですが、一言で言ってしまえば「与太話」ですね。

よたばなし【与太話】

でたらめな話。ばか話。 (大辞林 第3版)

死んだはずの作家を探してくれという貴婦人。妻が宇宙人だと言い張る葬儀屋。謎すぎる人たちの意味のわからん依頼をバーに行ったり競馬に行ったりしながら解決する。あるいは解決しない。

 

物語も納得のいく形では終わってくれません。放り投げたままです。赤い雀の寓意なんかを読み解くのもいいかもしれませんが、それをするかどうかも自由。そんなの気にせずにただただ文章のリズムを味わうのも良い。

 

どこかで必ず自分の心に引っかかるセリフが出てくるはず。解説でも触れられていた「待つ」ことの話とか、何気ない会話の中にキレッキレの刃物みたいなセリフが潜んでいます。

 

この作品を書き終えたブコウスキーは当時73歳。すごすぎる。

柴田元幸氏の訳はまさに名訳と呼ぶにふさわしいものです。皆さんも是非言葉の魔法に酔いしれて下さい。

2016年に観た映画

備忘録として2016年に観た映画のリストを作っておきます。

完全に自分のためのものです

 

劇場新作

クリード

ヘイトフル・エイト

マネー・ショート 華麗なる大逆転

アイアムアヒーロー

ボーダーライン

レヴェナント:蘇えりし者IMAX

ロブスター

ちはやふる〜上の句〜

ちはやふる〜下の句〜

ズートピア

シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ

ズートピア

海よりもまだ深く

デッドプールIMAX

10 クローバーフィールド・レーン

帰ってきたヒトラー

クリーピー 偽りの隣人

シング・ストリート

ファインディング・ドリー

シン・ゴジラIMAX

シチズンフォー スノーデンの暴露

ジャングル・ブック

レジェンド 狂気の美学

ゴーストバスターズ

ライト/オフ

君の名は。

グランド・イリュージョン 見破られたトリック

 

旧作

マッドマックス(リバイバル IMAX、MX4D)

ゾンビランド

グランド・イリュージョン

トレーニング・デイ

アイアンマン3

バック・トゥ・ザ・フューチャー(午前十時の映画祭)

キャプテン・アメリカ ウィンターソルジャー

ファニー・ゲーム

ポセイドン・アドベンチャー(午前十時の映画祭)

日本のいちばん長い日

太陽を盗んだ男

ゲッタウェイ(午前十時の映画祭)

龍三と七人の子分たち

ゴーストバスターズ(2016)

ゴーストバスターズ』を劇場で観て参りました。

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平日の昼の映画館にもかかわらず席は8割以上埋まっていました。本作の注目度の高さが伺えます。また、体感ですが観客の7〜8割は女性であったように思います。確かに宣伝の仕方的にも女性がメインターゲットなのかもしれませんが、断言します。

この映画、男の人も絶対観に行くべきです。

今年は『ズートピア』と『シン・ゴジラ』が圧倒的2トップだなあと思っていたのですが、とんでもない作品が食い込んできました。私にとってかけがえのない映画になっています。

 

以下、モテないダメ男の感想(若干のネタバレ有)です。

初めに言っておきますが、私は昔のゴーストバスターズ二作については全く思い入れがありませんし、そもそも観たこともありません。なので多分に含まれている(らしい)旧作オマージュに関しては何も言えません。ご容赦ください。

 

ニューヨークで現存する唯一の19世紀の建築だというオルドリッジ邸での怪奇現象から物語は始まる。(どうでもいいですけど19世紀の建築がこれしかないNYってそれはそれでどうなんだ...という気もします。日本に古い建物が多すぎるだけですかねー。)

その数日後、コロンビア大で素粒子物理の教鞭を取っているエリン・ギルバート(クリスティン・ウィグ)の元にオルドリッジ邸のゴースト調査をして欲しいとの依頼が舞い込む。

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『オデッセイ』にも出ていたクリスティン・ウィグ。天才コメディエンヌであるらしい。

実は、エリンはゴーストを研究した本を過去に出版しており、それが旧友であり共同著者のアビー(メリッサ・マッカーシー)によって勝手にAmazonで売られていたのだった。終身雇用調査を控えているエリンにとっては、過去のオカルト本の出版が大学側にバレてしまうと非常にマズイ。怒った彼女はアビーのいるヒギンズ理科大学(創立12年のインチキ臭さ満点大学)へ殴り込み。アビーはそこで天才エンジニアのホルツマン(ケイト・マッキノン)と共にゴーストの研究を続けていた。

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メリッサ・マッカーシー。本作の監督と彼女による映画『スパイ』が最高らしい。

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ケイト・マッキノン。本作が最高である理由の一つは彼女の演じるホルツマンというキャラクターの魅力にあります。

流れで3人でオルドリッジ邸へ向かうことになり、彼女らは本物のゴーストを目撃してしまう。これ以降NYでゴーストが頻繁に出現し、その裏には誰かの意図が見えるのだった。同じくゴーストを見てしまった地下鉄係員のパティを加えた4人で原因究明に取り組み始める。

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ゴーストバスターズの結成だ。しかし、彼女らを待ち受けていたのは世間の冷たい目線と数々の凶悪なゴーストであった...

 

アメリカのコメディは日本でウケないとよく言われます。最近ではアメリカで大ヒットを記録した『21ジャンプストリート』が日本ではDVDスルーでしたし、現在売れに売れてるセス・ローゲンの『Sausage Party』も日本での公開は未定です(おそらく残念ながら劇場公開はないでしょう)。

では、本作はどうか。劇場の反応を見る限り、かなり"ウケていた"と思います。僕はずっと笑ってましたし、斜めうしろの人は最後まで笑いが止まらない様子でした。

本作の大半のギャグはベッタベタな使い古されたネタです。それでもつい笑ってしまう。それに加えて、現代ならではのエッジの効いたギャグが時折入り、ニヤリとさせられます。

何よりも最高に面白いのはクリス・ヘムズワースが演じるケヴィンでしょう。

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ポンコツという言葉では表しきれないポンコツ。電話の応対は全くできず、大きい音がしたら目を塞ぐというとんでもないキャラクター。しかし、彼はただのピエロではありません。これまでの多くの映画で秘書役は女性であり。何の意味もないただセクシャルな記号としての消費がなされていました。本作のケヴィンはそこを完全にひっくり返してしまっただけでなく、ポンコツにも生きる価値があるという最高に明るいメッセージを打ち出してくれました。アンタ最高だよ...! エンドロールまでケヴィンにはやられっぱなしです。

当然ケヴィンだけではありません。大人気のホルツマンはもちろん(彼女のアイアンマン2を思い出させるアクションには思わず「フォオオ!!!」って感じ)、ゴーストバスターズの4人は全員最高に魅力的です。僕はレスリー・ジョーンズのパティがとにかく好きでして。格闘シーンとか笑いが止まりませんでした。彼女にTwitter上でヘイトをぶつけた連中はいつか制裁してやります。これだけ濃いキャラクターの棲みわけを見事に図ったポール・フェイグ監督の手腕にはただただため息をつくばかりです。

主題歌の挿入のタイミングとかもいいです。さすがにこのテーマ曲くらいは僕でも知っていますが、こんなにアガるとは!

なんだか言葉足らずになってしまいましたが、『ゴーストバスターズ』はこの夏の最高の一本だと思います。

素晴らしいブログがはてなにあったのでリンクを貼っておきます。

www.ishiyuri.com

www.ishiyuri.com

僕の感想ではこの映画の魅力が伝えきれていないので、みなさんぜひ読んでみてください。

シン・ゴジラ』が若干人を選ぶのに対して、この映画は万人に満面の笑みでお勧めできます。とにかく幸せになれる、そんな映画です。

それでは、せーのっ

Who You Gonna Call?

Ghostbusters!!!

ファニーゲーム(1997)

ちょっと間隔が空いてしまったのですけれど、久しぶりに映画の感想をば。

 

ミヒャエル・ハネケの『ファニーゲーム』!

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穏やかな夏の午後。バカンスのため湖のほとりの別荘へと向かうショーバー一家。車に乗っているのはゲオルグと妻アナ、息子のショルシ、それに愛犬のロルフィー。別荘に着いた一家は明日のボート・セーリングの準備を始める。そこへペーターと名乗る見知らぬ若者がやって来る。はじめ礼儀正しい態度を見せていたペーターだったが、もう一人パウルが姿を現す頃にはその態度は豹変し横柄で不愉快なものとなっていた。やがて、2人はゲオルグの膝をゴルフクラブで打ち砕くと、突然一家の皆殺しを宣言、一家はパウルとペーターによる“ファニーゲーム”の参加者にされてしまう。*1

 

いわゆる「胸クソ映画」で最も有名な作品でしょう。延々と続く理不尽な暴力。何も報われない。ほんとーに報われない。しかもそれを直接的に描かない。そこがまたしんどい。どうせなら見せてくれよお。想像で補完するのが一番きついんだって...

 

ただこの映画を後味が悪いだけの映画として終わらしてしまうのは、とてももったいない。この映画は一言で言ってしまうと、究極の「アンチ映画」です。

劇中で第四の壁は普通にぶち破ってきますし、メタ発言もあります。この時点で見てる側(もはや参加してる側というべきでしょうか)は戸惑います。ヌードが拝めるのか?と思いきや何も見えない。一番エグそうなシーンは決して直接見せない。ずーっとこちらの進んで欲しい方向に映画は進んでくれません。

そして何より「アンチ映画」を象徴するのが「巻き戻し」です。

映画の最も重要な原則は、文脈があることです。この「巻き戻し」は映画の因果律さえも無視してしまいます。

 

そうして映画という表現を否定してまでハネケが突きつけてくるメッセージとはなんなのでしょうか。ごめんなさい、僕にはよくわかりません。「お前らは映画を無為に消費していないか」「暴力を美化して捉えていないか」そういうことが言いたいのかもしれません。

全てはパウルとペーターのセリフに集約されているでしょう

虚構は現実なんだろ?

なんで?

虚構は今見ている映画

言えてる

虚構は同じくらい現実だ

 

 

 私はこの映画を見て、有事の際に悪党をぶちのめせるように筋トレを始めることを決意しました。この映画も筋力があれば解決できたでしょう(暴論)

*1:all cinemaより引用